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住居併用医院の計画論-住まうということからの視点

MD建築設計事務所 福山與助
影国社「医院建築 」No16 に掲載 1996年

1.はじめに
2.医院が住居併用となる事情
3.住居併用医院の分類
4.有床診療所の場合
5.併用の功罪
6.計画・設計上の留意点
7.おわりに

  1. 建物までの動線計画(アプローチ、出入口).全体計画
  2. プライバシー
    イ.医院<住居の場合(皮膚科・歯科・心療内科など)
    ロ.医院≒住居の場合(内科・小児科・耳鼻科など)
    ハ.医院>住居の場合(整形外科・2診療科医院など)
  3. 音・臭気
1.はじめに

近年医院の開院事情は徐々にその厳しさを増しつつある。筆者が主に設計活動をしている東海地方においても、その傾向を実感させられるケースが増えてきた。まだまだ地域的な差および標榜科目による差は大きいと思われるが、開業地の選定に当たって競合施設からの距離や密度などの競合率を考慮すると、数年前に比べて余裕のあるエリアがかなり減少していることは認めざるを得ない。事業計画においてもそれを反映して、収支の予測を厳しく見て総事業費を圧縮する傾向が見られる。ただ筆者の考えでは、現時点においてはまだそれほど悲観的な見方をする必要はない。特定の地区や場所にこだわらない限り、以前に比べれば多少厳しくなってきてはいるが、さほど深刻な状況ではないと考えている。
とはいえ、近年の開業ラッシュを見ていると数年先にはかなり厳しくなり、考えを改めざるを得なくなるとの思いも強い。標榜科目による差も大きくなり、特に医院数・医師数の多い内科系は、内科医だけでなく他科の専門医が内科標榜で開業するケースも多く、いっそう厳しい状況を迎えることとなるだろう。
また歯科の場合は、すでに10年ほど前に現在の医科の迎えつつある状況に直面しており、以降、大変厳しい開院事情となっている。本稿の主題である住居併用医院は、医科の場合まだ当然で、ビル診療を除く医院は住居併用のものが大多数であるといっても過言ではないと思われるが、歯科においてはすでに競合のきびしさから、事業計画上、住居分の資金投入ができず、医院だけの開業がかなりの割合を占めるようになっている。医科においてもいずれそのような事態を迎えることになるのであろうか。

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2.医院が住居併用となる事情

医院に住居が併設されることの多い理由は前稿(医院建築No.14)でも触れたが、ひとつは転勤の多い医師にとって開業は、定住を決め住宅取得を果たす大きな機会であることがあげられる。住宅を持ち落ち着きたいがために独立開院を決意するケースも結構多い。子供の成長による教育環境や子供部屋の確保、転勤の煩わしさ、生活の不安定感などがきっかけになるようである。
いまひとつは、地域医療の担い手として地域の患者と密着した医療活動をする必要があるという職能上の意識と、積極的に地域の一員になることによって地域住民に認知・歓迎され、開院の成功を期したいという心理的理由による。
経済的事情は住居併用を減らすほうに作用する可能性もあるが、歯科と異なり医科の場合、医院と医師が一体と認識されることの意味が大切で、患者の安心感に及ぼす影響が大きいことと、病院・診療所間の役割分担の明確化や在宅医療促進の政策・傾向も今後、住居併用医院の存在価値を大とするであろう。

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3.住居併用医院の分類

併用のタイプは、敷地の持つ条件(広さ・形状・方位・道路位置・法規制や、近隣の土地利用状況・建築環境など)によって左右されることになる。
一般には、限られた敷地の有効利用・駐車台数の確保などのため、接地階(1階)に医院部分、上階に住居部分(それぞれにの主要部分)という重層タイプになることが多い。郊外などで敷地が広い場合には、平面的な併用(1棟分割・別棟)となることもある。また市街地や駅の近くなどの場合、敷地面積の多寡に関係なく土地の高度利用を考えて、診療所+賃貸スペース(共同住宅・事務所・店舗・他の診療所)+住居といった併用タイプとすることもある。さらに敷地面積が充分でない場合などでは、下層に駐車場を設け、その上に診療所・住居をつくるタイプもある。
これらを簡単に分類すると、下の表-1のようになるが、有床の場合とか診療科目・家族構成などの条件とも微妙に影響しあって決まることとなり、必ずしも敷地のもつ条件だけで併用タイプが決まる訳ではない。

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4.有床診療所の場合

診療科目によって病室を必要とする科とそうでない科とがあり、ベッドの有無によって設計時のチェックポイントも変わってくるので、そのあたりもここで整理しておこう。
近年では、病診連携の実があがってきたためか、有床診療所をもつことのリスク(投資金額の増大、採算の悪化、医師の精神的・肉体的負担の増加など)を避けるためか、無床で開業するケースがほとんどである。以前だったら有床が当然だったり、望ましいとされた科目でも、同様である。ごく一部の近年でも有床開業される例としては、肛門科・産科などがあげられよう。以前だったら有床の多かった整形外科なども、最近では無床開業のケースがほとんどである。
有床の併用医院の計画で気をつけなければならない点は、出入口の増加とそれに伴う入院部分とその他の部分の管理およびセキュリティの問題、住居部分で発生する音などの問題があげられよう。

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5.併用の功罪

複合用途(併用)の建物を計画する場合、どのような用途・どのような併用であっても、当然、複合することの理由を十分理解し、満足することはもちろんであるが、複合によって生ずるメリットを最大限に生かし、デメリットをいかにおさえるかということが、ポイントとなる。そのためにはまず、併用されるそれぞれの用途が単独でつくられる場合に要求される条件を整理し、複合することによって生ずる条件変化を正確に把握する必要がある。その上で計画建物に対する明確な設計条件の設定、コンセプトの確立をすることが大切である。複合による条件変化に対するメリット・デメリットの判断は必ずしも単純なものではない。住居の側からの視点と医院の側からの視点で功罪が逆転するものもある。何をメリットとし、何をデメリットと認識するか。

医院が住居と併用することによって生ずる条件の変化としては、

  1. 施設・建物の大型化と用途の不明瞭化
  2. 敷地および建物へのアプローチの複雑化
  3. 医院と住居の間のプライバシー(視線・音・臭気など)の問題

などがあげられよう。  これらの条件の解決を前提として、医院部分、住宅部分のそれぞれが個々に要求する条件を満足する必要がある。各々の必須条件は、 医院建築としては、

  1. 医院と認識されやすい建物、わかりやすく入りやすい出入口・アプローチ
  2. 施設各部分のアメニティの確保
     (日照・採光・通風・眺望などの確保)
  3. 患者のプライバシーの確保
  4. 従業員への配慮
  5. 駐車場の止めやすさ、広さ

住宅建築としては

  1. 各室のプライバシーの確保
  2. 日照・通風・採光・眺望などの確保
  3. 外部空間の自由な利用(幼ない子供の遊び・医師の気分転換)
  4. アプローチのしやすさ(玄関・勝手口などの位置およびプライバシー)
  5. ゴミ処理・物干しなどの家事雑事の処理
  6. 自家用自動車の処理

などがあげられる。
建物の大型化は、施設の周知度を上げる効果や経済的側面(住居と医院を別々にすることと比べ建築費・維持費とも安くすむ)などのメリットにつながる。アプローチの複雑化やプライバシーの問題はマイナス要因であるが、併用のデメリットにならない上手な処理が要求される。用途の不明瞭化はマイナス面もあるが、近隣の環境によってはあまりにも医院然とした建物は好ましくないケースも多い。住居の方のもつべき性格である奥ゆかしさや温かさなどの感じられる建物にするなど、付近の環境や佇まいに対して配慮することも大切なことである。

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6.計画・設計上の留意点

これまで述べてきたように、併用のパターンはさまざまな条件の組み合わせで決まり、それぞれに留意点のウエイトも異なる場合も多く、一概に論じにくいところがある。ここでは最も一般的な重層タイプについてチェックされるべき事柄ごとに留意点を述べ、他のタイプや条件(有床無床のちがいなど)によって特に差異の大きな場合については、その後に述べる形で論を進めたい。

  1. 建物までの動線計画(アプローチ、出入口)
    一般に医院には患者用玄関と従業員通用口が必要であり、住居においては玄関と勝手口を設けるのが普通である。併用することによって1つの建物に4つの出入口が必要となり、当然そこへのアプローチが必要となる。まず患者用玄関は最もわかりやすく入りやすいところに設けられるべきで、次に住宅の玄関が道路からも入りやすいところに、そして他の2つは逆に目立たないところに設けられるのが望ましいであろう。この、出入口およびそこへのアプローチの計画が悪いと、プライバシーやセキュリティーの点で大きなマイナスとなる。
    中間階を賃貸する場合には住居へのアプローチに賃貸部分と共用のエレベータなどを設けることが多く、医院とその他の部分とは分離された形でビル診療とマンションの一室のような関係になり、アプローチについては特に難しい問題はない。上階を賃貸する場合、住居へのアプローチを別個にとる場合があり、その場合、賃貸部分への出入口・アプローチが1ケ所増えることになる。また有床診療所の場合にも、入院患者・見舞い客用の出入口がもう一ケ所必要となり、外来部分との接続の関係もあり、位置の計画・内部の区間管理が複雑になる。外来・入院・住居の各エリアの接続と区間、昼・夜間の各々のセキュリィ管理などさまざまなケースを想定して、慎重に計画されなければならない。

  2. プライバシー
    併用によって生ずるプライバシー問題のうち、患者と住居との関係におけるそれは、特別な配慮がなされなくても、住居側のプライバシーが守られれば、結果として確保されると考えても間違いではない。患者側の病気というプライバシーはすでに医師に対してオープンであり、逆に、医師の家族や住居は一部の患者の興味の対象となり、好奇の目を向けられることになる。それゆえ、家人の出入り、住居での生活(ゴミ・フトン・洗濯物の処理や窓からの室内への視線)の見え方、隠し方は重要である。勝手口は特に重要で、私生活の多くの場面で使われこと(家事による出入り・ゴミ出し・子供の出入り・品物や宅急便の配達など)を考えると、玄関よりも注意深く配慮されるべきであろう。住居側のプライバシーが守られる計画であれば、おのずから患者のプライバシーは守られているといえよう。
    別棟タイプの場合は、互いの距離がある程度とれることもあり、処理しやすくなる。また中間階を賃貸する場合は前途したように、医院との関係がいったん切り離されると、住居との距離・高さの関係からも、プライバシーについては処理しやすい。
    一般的な重層タイプでは、医院と住居の規模の比率も大きな意味をもつ。これは診療科目による違いであるともいえよう(諸事情によっていろいろな場合があるが、科目ごとに一般的な規模というものがある)。この比率によって次のようなことがいえよう。
    イ.医院<住居の場合(皮膚科・歯科・心療内科など)
     大きめの外部スペース(屋上バルコニーなど)や視線をひきがとりにくく、結果としてプライバシーや家事全般の物理的処理がしにくくなる。設計に関してはそれらの点に工夫を要求される。
    ロ.医院≒住居の場合(内科・小児科・耳鼻科など)
     2階建てにするとイと同様なこととなるが、住居を2層に分けるなどすれば屋外スペースもとりやすく、ひきも多少大きくなり住居の条件は満足しやすい。
    ハ.医院>住居の場合(整形外科・2診療科医院など)
     住居を1層にしても2層にしてもある程度、屋外スペースが取りやすく、条件を最も満足しやすい。

    この、規模の違いによる住居の扱い方によって、建物はその表情や雰囲気を大きく変える。住居部分をすこしセットバックさせることによって得られるプライバシー・屋外スペース・陰影などは、建物を大変豊かで使いやすいものとする。


  3. 音・臭気
    上階に住宅がある場合、子供が走り廻ったり、テレビ・ステレオその他の音が診療部分に与える影響が気になるところではあるが、実際には医院の暗騒音は結構大きく、よほどでない限り通常の診療時間帯では気にならない。もちろん配慮した計画にすることは良いことであるが、ひどく神経質に考える必要はなかろう。ただお互い隔てる界壁やスラブ構造によっては、それなりの配慮を要することはいうまでもない。また、当然のことながら有床の場合には話が根本的に異なり、十二分な配慮を要する。床・壁の遮音・防音・防振はもちろん、病室の天井下地の防振などの配慮も必要である。患者の心理的・肉体的状況、生活時間帯の違いなどを十分理解した上で、詳細な配慮がなされるべきである。
    臭気については、住居の厨房から診療部分へのものと、入院施設の厨房から外来および住居へのものとが考えられる。この問題については風向きなどを考慮に入れた上で、位置と排気方法を考えることになる。
    全般に併用によるマイナス点の克服は、問題に対して個々に技術的対処をするよりも、事前に充分なスタディを重ね、配置計画やプランニングの段階で処理解決されるべきであろう。対症療法では良い結果を生まない。

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7.おわりに

併用という究極の職住近接は、個人の生活という観点から見ると、評価のわかれるところであろう。通勤時間はゼロであり楽だし、何かと便利だという点など、切り替えが上手にできればメリットの側面もあるが、24時間、医師としての立場を忘れにくいという負担もある。医師も生身の人間である以上、体調の優れない時、疲れている時、飲酒時、来客時、家族との団らん、趣味の時間などなど、侵されたくない時間もあろう。併用となればある程度侵害されることを覚悟しなければならない。もちろん医師の使命として甘受すべきことと割り切っている方もあろう。しかし、家族も含め、生活のある部分が注目されやすいということは、大きな負担である。それゆえ、住居併用医院の計画に当たっては、そういった状況を理解し、機能的で快適な診療スペースはもちろんであるが、医と住との間での切り替えの演出、落ち着いた安心感と伸びやかな開放感もつ住空間を提案していかなければならない。

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